久しぶりに家に実家に帰れる事が嬉しいのか、深雪はやけに機嫌が良かった。 「やけに機嫌がいいな?」 俺がそう尋ねると、深雪はクスリと笑いこう言った。 「だって、二年振りに会うんだもん♪ 忙しくてロクに連絡も入れてなかったしなぁ〜 お父さん元気してると良いな♪」 俺は、目の前が真っ黒になった。 そして、一つのシナリオが頭を過ぎった。 確か、深雪は一人娘。 しかも、母親を小さい頃に失っているから・・・ ほとんど男手一つで育ててもらったに違いない。 そして、深雪は就職するとすぐに一人暮らしを始めた。 深雪のそぶりから、連絡は、ほとんどとっていなかったのだろう・・・ そして、やっと連絡が来た思ったら・・・ 娘は男を連れてきた。 しかも、その人と結婚すると言う。 その時点で、お父様の怒りは天を突くだろう。 しかも、お腹の中に子供が居ると言ったのなら・・・ もうそれは、天を貫き怒りと言う名の隕石が俺と深雪に降り注ぐだろう・・・ そんな俺の不安を他所に深雪は、俺の腕を引っ張り、深雪のマンションの 階段を降り始めた。 「そこの角を曲がってすぐだからね♪」 「いや、深雪。」 「なぁに♪?」 深雪は、これ以上無いくらい機嫌が良かった。 「俺、スーツとかの方が良くないか??」 「うんん♪ 家に帰るだけなんだし、そんなに気にしなくてもいいよー」 確かに、深雪は家に帰るだけだろうけど・・・ 「はい、到着♪」 深雪の実家とは、驚くほど近かった。 この距離で二年間全く会わなかったのか・・・ 「ただいまー♪」 深雪は徐に、玄関のドアを開けた。 ゆっくりと足跡の音が響き、懐かしい深雪の父親の顔を見た。 想像していたよりも穏やかな顔で、そして優しく俺を迎え入れてくれた。 「いらっしゃい伸二君。」 そっか。 そう言えば、俺は深雪が死んだ未来でこの人と会った事あったじゃないか・・・ そして、深雪を救えなかった俺にでさえ、優しく扱ってくれたじゃないか・・・ 俺の不安は、すぐに消え、深雪の父親に挨拶をした。 案内された部屋には、深雪の母親の位牌があり真新しい蝋燭が立てられていた。 俺と深雪は、母親に手を合わせた後、深雪の父親に改めて挨拶をした。 「この度は・・・」 俺が、そこまで言ったとき、深雪の父親は俺の手を握りこういった。 「ありがとう。 娘をよろしく頼むね・・・」 そして、ニッコリと俺に微笑んだ。 「え??」 「堅苦しい挨拶は、どうも苦手でねぇ・・・ 最初、結婚と聞いたとき、どんな男かと思ったが・・・ 君のような人で良かったよ。」 深雪の父親への結婚の報告。 正直、こんなあっさり済むとは思っていなかった。 深雪は、俺とその人とのやり取りなど気にしない素振りでテレビを見て笑ってる。 ふと銘との結婚の報告をした時の事を思い出した。 確かあの時は、思いっきりぶたれたんだっけな・・・ 何故だろう?心のどこかが痛い。 そんな感じがした。 その日の夜。 銘の時は、無言の食事会だったのに対して、深雪の父親とは夜遅くまで酒を 飲み交わした。 水族館で、俺と初めて会った時の話をしてくれた。 よっぽど何かに疲れていたのか、深雪は酒を少し飲んだだけで、寝込んでしまった。 父親付き添いの元、深雪を寝室に運んだ後、俺達は飲み直した。 父親は、グラスを片手に持ち、寂しそうな目で俺を見た。 「確か、最初に合ったのは、君が4つの時だよね? 覚えているかい?」 「はい。」 父親は、グラスに残って居た、ウイスキーを一気に飲み干した。 「ありがとう。 そして、すまなかったね…」 「?」 「あの水族館の後、あの子は、明るい子に変わったよ… 今では、想像出来ないかも知れないが… 人前で、笑ったり怒ったり話したり… そんな事が出来る様な子ではなかった…」 それから、延々と、深雪との思い出話を聞かされた。 母親の具合が悪くなってから、あまり構う事が出来なかった事… その寂しさを俺にぶつける事で、深雪自身が明るくなった事。 「あの子にとって君は、父であり、子だった… だから、もし君があの子と一緒になってくれるなら… こんなに嬉しい事は無い… あの子を決して裏切らないでやってくれ… あの子の前では、いつも笑顔でやってくれ… あの子にとって、一番苦しい事は、君を失う事であり・・・ 君が苦しむ事がその次に辛い…だから…」 親父さんは酒が、周ったのか、うわ言の様に呟いた。 もしかしたら、俺の中の迷いを見透かされたのかもしれない… 「伸二…?」 振り替えると、深雪がそこに居た。 不安そうな目をしながら、俺の横に座ると、父親が飲んでいたブランディ の容器をぐぐっと飲んだ… 俺は、それを止めようと深雪の腕を掴んだが、すぐに振り払われた。 「伸二、私に隠し事をしているでしょ…?」 深雪は、呂律が周らない口調で俺を睨んだ。 「いや… そんな事は…」 言えるはずが無い… 「伸二、嘘が下手だよ… 伸二は嘘を吐く時、目を逸す… 真剣な話の時、嘘を吐く時、目を逸らすよね。 解るよ、伸二の事ならなんでも…」 深雪は、そう言うと俺の目を見ながら色っぽい芽で俺を見た。 酒のせいなのか、崩れた服から覗く谷間。 しっとりと柔らかそうに光る唇。 深雪が少し前屈みになった時、俺は顔を逸らしてしまった。 「恥かしい時は、顔をそらすんだよね…」 深雪は俺を抱き締め、耳元で優しく囁いた。 「伸二、私に隠し事しているよね? 何か、ずっと悩んでいる… うんん… ずっと何かに苦しんでいる…」 声はハッキリと聞えた。 深雪の胸の音が俺の胸を通じて鼓動が聞こえる。 優しく抱き締めているのに、腕はしっかりと固まっていた。 「ねぇ… もし、伸二が他に好きな人が居るのなら私は伸二の事をあきらめる… もし、気持ちの整理が着かないのなら、私は待つよ。 伸二の気持ちの整理が着くまでずっと… 伸二が何に悩み、何に苦しんでいるのか正直わかんないけど…」 深雪は、震える手を押さえる為に腕を血から強く固めて居る… それは、自分の不安を俺に解らない様にする為… 「私、何でもするから… 伸二の為になんでもできるから…」 深雪の涙が背筋を通る。 腕はガクガクと震えている。 「私じゃダメかな? 力になれないかな?」 まるで、ゆっくりと去る電車の音の様に、深雪の声は、切なく・・・ そして小さくなっていた… 俺が守りたかったモノ… それは… ……… 俺は、重い唇を開けた。 真実とは、時に残酷で、逃げたくなる。 だけど、一度逃げてしまえば、次は逃げてしまった事に逃げてしまわなくなる… だから、どんなに逃げたくても、事実からは逃げれない… だから… 俺は… 「違うんだ深雪…」 そう、俺が守りたかったモノは・・・