「お家の電話番号とかわかるかな?」 若いスタッフの質問に美穂は、首を振った。 美穂の持ち物と言えば、小さなクマのぬいぐるみが、ひとつだけ… 「警察に連絡しますか?」 スタッフの誰かが言った。 しかし、迷子の可能性も捨て切れず、警察に連絡と言う訳にもいかなかった。 すると、この状況に不安を感じたのか美穂は、深雪のスカートを引っ張った。 「どうしたのかな…?」 と、深雪は美穂に目線を合わせて尋ねた。 「ママとお話したいの?」 「うん。でもお家の電話番号わからないよね…」 すると美穂はクマのぬいぐるみの背中のファスナーを開た。 驚く事に美穂はそこから携帯電話を取り出したのだ。 「はい、これでママとお話できるよ♪」 と、満面な笑みを浮かべながら深雪に携帯電話を渡した。 スタッフの人が深雪からその携帯電話を借りた。 そして、すぐにその子の親に連絡を入れた。 十分位だろうか… 電話のやりとりが続いた。 電話を担当したスタッフが、泣きそうな顔をして話しかけて来た。 「なんか、夜に迎えに行くからそれまで、預かって欲しい…と言われまして… その、断ったのですが、一方的に電話を着られてしまいまして…」 と、愚痴をこぼした。 「なので、折角のデート邪魔しちゃ悪いので♪ ここは、私がやりますので楽しんで来てください…」 そう言われたものの、正直、歯がゆかった。 深雪は、わざと聞こえないふりをして、美穂と人形遊びをしていた。 俺は、美穂の目を見ながら聞いてみた。 「水族館まで一人で来たのか?」 深雪はコクリと頷いた。 「電車にはいっぱい乗った?」 深雪は、コクリと頷いた。 「後、バスにも乗ったよー。」 なんとなく、俺の中で答えが決まった気がした。 「水族館は好きか?」 美穂は、ニッコリと笑い、「うん!」と頷いた。 俺は、ダメ元でスタッフの方に尋ねて見た。 「この子の親が迎えに来るまで、この子を預かってもいいですか?」 スタッフは、驚いた顔で俺を見た。 気持ちはわかる… 普通は、ダメだろう。 俺は言葉を続けた。 「だって可哀相じゃないですか、水族館に来て何も見れないなんて…」 スタッフは、困惑していた。 すると、先ほど出入り口に居た中年男性が声を掛けて来た。 「良いと思いますよ。 親御さんには、夜まで預かって欲しいと言われたのだから… 伸二君、お願いしてもいいかな…?」 俺は、コクリと頷いた。 すると先ほどのスタッフの方が、水族館のフリーパスを3枚渡してくれた。 「これ、私のおごりです」 「ありがとう」 俺は、二人にお礼を言うと、次は深雪を説得しようと思い振り返ると、 美穂と手をつないだ深雪が俺の腕を引っ張った。 「早く行かないとイルカのショーに遅れちゃうよ?」 深雪は、最初からそのつもりだったようだった… 「ありがとう」 俺は、深雪に聞こえないようにそっと呟いた。