「あ〜 良い匂い」 それは、看護婦の千春が用意した。 ホットミルクの香で目を覚ました萌が言った一言だった。 その場に居たものは、[もう萌は目を覚まさない] そう思っていた。 そんな皆の不安をよそに萌はいつものマイペースで言葉を続けた。 「私は、冷たーいイチゴミルクがいいなぁ〜」 人は死が近づくと何故か暑く感じるらしい… 今は七月の半ば。 萌の希望により、空調は常に18度。 萌の夫である太郎。 そして、その子供である瓜と桃。 萌の看護に当たる千春に銘に彼方、 お見舞いに来ていた普段は暑がりの小太郎でさえ、 上着を着ていた。 だけど、彼女だけは薄手のパジャマを一枚着ているだけだった。 それでも、彼女はベットに気持ちよさそうに横になっていた。 終いには、「クーラーが心地良いね」とまで言っていた。 千春が、自販機で[イチゴミルク]を買ってきた後… 私たちは、最後の萌との小さなティーパーティーを開いた。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ ・ それは、ほんの少し前。 セミが鳴き始めた頃の出来事だった。 それは、私と彼方は、久しぶりに休憩時間が重なったので、 最近行っていなかった萌と太郎が経営する喫茶店に言った時の話。 料理をするとき、注文をとるとき、しきりに萌は、やたらと胸を 押さえていたため、彼方は萌に尋ねた。 「それ、何かのおまじない?」 萌は苦笑いで、こう答えた。 「なんか、胸の付け根辺りにシコリが出来ちゃって…」 私は、この時嫌な予感がした。 「少し触っても良い?」 「え?いいよ〜」 私は、萌の許可を得てから萌の胸のシコリの部分を触ってみた。 確かに小石のような硬いものがそこにあった。 「どうわかる??」 萌は心配そうな声でたずねてきた。 「うんん。 でも、少し心配だから早めに病院に行ったほうがいいよ。」 私は、彼女にそう言うことしか出来なかった。 「じゃ、時間があるときにいくー」 萌は苦笑いを浮かべながら、そう言ったものの 次に萌がきたのは、それから、一ヶ月過ぎた頃。 やっと萌は病院にやってきた。 結果は、最悪だった。 彼女は乳がんだと言う事がわかった。 その上、一ヶ月以上も放置されていた為、進行はさらに悪化していた。 余命が少ない事は、夫である太郎と、萌の両親にだけ伝わっていた。 銘が、萌の担当になったのは萌の入院が決まってからだった。